ベルリンの東西分断の歴史

誰でも一度は聞いたことがあるベルリンの壁ですが、この壁の意味を理解している若い人たちは少なくなっているのではないでしょうか。

東西冷戦の象徴として存在していたベルリンの壁ですが、西側諸国と東側諸国の対立を実感するものとして歴史の授業でよく題材にされます。

この壁が出来た理由には、東側ドイツを統治していたソビエト連邦が、東側の社会主義から離脱する人を防ぐためだけに造られた壁です。
離脱者を防ぐためだけといいましたが、統治をするためには人が必要になり、これを防ぐために、当時の東側ドイツがぐるりと壁に覆われることになりました。

この壁はソ連の崩壊まで存続しており、ソ連が崩壊した後、この壁も崩壊することになります。しかし、実際にはソ連の崩壊が切欠ではありますが、偽の情報から壁の崩壊に繋がったというので、どういったところで歴史が動くのかはわかりませんね。

今ではほとんどのベルリンの壁が壊され撤去されていますが、一部の壁が今も残されており、記念碑としてその役割を担っています。
ベルリンへ行けばその一部の壁を実際に見ることが出来るので、若い人たちでもベルリンの壁があったという事実について観光をすることで知ることが出来ます。